プロ野球のベイスターズでは、データ分析の機器を導入するだけではなく、R&Dグループのメンバーが即座に選手やコーチにデータをフィードバックできる体制をとっています。
プロ野球のベイスターズでは、データ分析の機器を導入するだけではなく、R&Dグループのメンバーが即座に選手やコーチにデータをフィードバックできる体制をとっています。
最先端をはしる 秘密を探りますよ。
ベイスターズの歴代親会社は?
横浜スタジアムの持ち主は?
「株式会社横浜スタジアム」について
また当社は開業当初からプロ野球球団・横浜DeNAベイスターズの本拠地として多くの方々に親しまれてまいりましたが、2016年には球団運営会社である株式会社横浜DeNAベイスターズによる株式公開買い付けが完了したことで同社の連結子会社となり、球団・球場の一体経営が実現しました。
横浜DeNAベイスターズ及びその前身球団歴代オーナー
- 中部兼市 1950-1953.
- 中部謙吉 1953-1977.
- 中部新次郎 1977-1990.3.
- 中部慶次郎 1990.3-2002.
- 砂原幸雄 2002-2004.
- 若林貴世志 2004-2011.12.
- 春田真 2011.12-2015.
- 南場智子 2015-
南場智子とは何者?
1999年に株式会社ディー・エヌ・エーを設立し、現在は代表取締役会長を務める。 2015年より横浜DeNAベイスターズオーナー。 2019年デライト・ベンチャーズ創業、マネージングパートナー就任。
南場 智子(なんば ともこ、1962年4月21日 – )は、日本の実業家。学位はMaster of Business Administration(ハーバード大学・1990年)。株式会社ディー・エヌ・エー創業者、代表取締役会長。NPB・横浜DeNAベイスターズオーナー。 女性初の日本プロ野球オーナー会議議長。女性初の日本経済団体連合会副会長。夫は紺屋勝成(元USEN取締役、2016年死去)。
経歴
- 新潟県新潟市出身。石油卸売業経営者であった厳格な父の下に育てられ、新潟県立新潟高等学校を卒業後、父に指定された津田塾大学学芸学部英文学科に進学し卒業した。大学4年次には成績1位の学生に与えられる奨学金で、姉妹校のブリンマー大学[注釈 1]に1年間留学。数学が得意で、経済学を専攻して高成績で修めたため、経済学者になる道も考えた。
- 1986年 – マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社。
- 1988年 – マッキンゼー日本支社を退職し、ハーバード・ビジネス・スクールに入学。
- 1990年 – ハーバード大学で Master of Business Administration を取得。
- 1996年 – 34歳でマッキンゼー日本支社のパートナー(役員)に就任。日本人女性としては歴代3人目のパートナー就任であった。
- 1999年 – 株式会社ディー・エヌ・エー設立、代表取締役社長に就任。
- 2003年 – 内閣IT戦略本部員に就任。
- 2004年 – 内閣府規制改革・民間開放推進会議委員に就任。
- 2011年 – 癌療養中の夫の看病に力を注ぐため、ディー・エヌ・エー代表取締役兼CEO退任、代表権のない取締役となる。
- 2015年 – 財務省財政制度等審議会委員に就任。春田真の後任としてディー・エヌ・エー取締役会長並びにNPB・横浜DeNAベイスターズオーナーに就任。
- 2017年3月 – ディー・エヌ・エーのキュレーション事業問題に関する第三者委員会の報告を受け、代表取締役に復帰し守安功最高経営責任者(CEO)との2人体制になった。
- 2020年 – 女性初の日本プロ野球オーナー会議議長に就任。
- 2021年 – 女性初の日本経済団体連合会副会長に就任。デジタル庁デジタル臨時行政調査会構成員に就任。
南場智子さんと野球との出会い
南場智子さん、プライベートでバッティングセンターに通う野球好き。「当てるだけなら経験者の旦那よりもうまいよ」と笑う。
「巨人ファンだった」小学生の頃、頑固で怖かった父親が突然、家族を野球観戦に連れ出した。ワンピースを新調した母親に連れられて、父親や姉と待ち合わせ。
向かった先は地元・新潟の球場でした。
横浜ベイスターズ再建
DeNAベイスターズに至るまでの経緯
【動画で解説】
コミュニティボールパーク構想
「コミュニティボールパーク構想」!この構想の取り組みにより、球場への来場者数を爆発的に伸ばしていきました。コミュニティボールパーク構想は2017年度のグッドデザイン賞も受賞しています。
新しいスタイルの座席を新設
子連れで楽しめるボックスシートや団体向けのプレミアムシート、飲食しながら楽しめるカウンター席などさまざまなタイプのシートを新設しました。
2019年には、高さ31mからの横浜エリアの絶景を味わいながらプロ野球観戦を堪能できる「ベイディスカバリーBOXシート」やバルコニー付き個室「STAR SUITES(スタースイート)」を新設しております。2023年にもパノラマBOXシートを新設するなど、様々な顧客ニーズに応える座席を年々作っていっております。
球団オリジナルのビールを発売
DeNAの球団買収後、球団オリジナルのビール「ベイスターズ・エール、ベイスターズ・ラガー」を発売しております。合わせてフードメニューのリニューアルも行ない、飲食も楽しめる場所づくりに注力しております。
これまでは、球場でも大手メーカーのビールの提供を実施しておりましたが、球場でしか飲めないビールを発売することで、来場を促すインセンティブを作ることに成功しております。
野球場を有効活用したイベント企画
プロ野球選手との交流が楽しめるイベントだけではなく、グラウンドでテントを張ってキャンプをしたり、天体観測ができるイベントを企画し、実施してきました。ほかにも横浜スタジアムに隣接する横浜公園を活用して夏季にビアガーデンを開催するなど、従来の枠にとらわれない斬新なイベントを開催しています。ターゲットとなるアクティブサラリーマンだけに特化せず、女性の野球人気が高まっているトレンドを踏まえて女性向けイベントも開催し、多くの女性ファン獲得にもつなげています。
試合中のファンイベントの一つ「ハマスタバトル」が大ヒット
詳細はこの記事・・・
最先端データを活用した選手育成
壁谷「「18年に『ブラストモーション』、19年に『ラプソード』、20年に『エッジャートロニック』、21年は『オプティトラック』と最新のテクノロジーを積極的に取り入れています。
単に機器を導入するだけではなく、R&Dグループのメンバーが即座に選手やコーチにデータをフィードバックできる体制をとっています。
もちろんデータをただ押し付けるだけではいけません。
コーチ、アスレチックトレーナー、そしてR&Dグループという分析部隊が三位一体となって選手の育成を行っています。
何より大切なのはデータと感覚の融合です。
互いの専門性を尊重し、積極的にコミュニケーションをとり、信頼関係を構築していく。みんなが共通言語と共通理解を持ち、選手の個性に合わせてわかりやすく伝えるのがベイスターズ流のデータの活用術です。
ベイスターズはデータ分析・活用で日本のプロ野球界の先頭を走っているとの評価をいただけるようになりました。
アナリティクス部門は野球界のなかでは新しい職種です。
昨今はデータ分析に関わるような人材は業界を問わず獲得競争が激しくなっていますが、まだまだチームを強くする仲間を増やしていきたいと考えています。」
【2021年4月16日 日本経済新聞社より一部引用】
詳細はこちら↓
AIでベイスターズを日本一へ
AIは野球界においても重要な役割を果たしています。
以下で5点、そのメリットを解説していきます。
選手やコーチ、ファンにとって価値のある技術として、今後さらに普及し、進化していくことでしょう。
データ解析の高度化
野球では膨大なデータが生成されます。これらのデータを迅速かつ正確に解析することで、パフォーマンスの評価や戦略立案に役立てることができます。
(例)打者のスイング・投手の投球パターンを分析し、対策を立てる
選手のパフォーマンス向上
AIは選手個々の動きや技術を細かく解析し、改善点を具体的に指摘できます。効率的にトレーニングにより、パフォーマンスの向上が期待できます。
(例)バッティングやピッチングのフォーム解析・体力の管理などの科学的なアプローチ
試合の戦略立案
- AIは過去の試合データをもとに、相手チームの傾向や弱点を分析します。つまり、効果的な戦略を立案が可能になります。
- (例)特定の投手に対して有効な打者の配置や、試合中の状況に応じた戦術を提案する
審判のサポート
- AI審判は、ボールやストライクの判定、プレーの判定を正確に行います。これにより、人間の審判のミスを減らし、公平な試合運営が可能になります。
- (例)リプレイの判定・微妙なプレーの判定
ファンエクスペリエンスの向上
- AIを活用したデータ分析や解説により、ファンは試合をより深く理解し、楽しむことができます。
- (例)双方向のデータ表示やリアルタイムの解説など
【参考動画:AI活用でベイスターズを日本位置にせよ!】
南場智子さんが目指す野球とは?
南場智子さんは、
「勝っても負けてもハレの日」を目指しています。
支持する球団が負けても、「楽しかった、また来たい」そう思うことが、「勝っても負けてもハレの日」です。
「勝っても負けてもハレの日」の真相は?
詳細はこの記事・・・
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【この記事を書いた人の自己紹介】
1950年のリーグ分裂時に大洋ホエールズとして発足し、松竹ロビンスの合併などを経て、1955年から一貫して神奈川県内に本拠地を置き、親会社の変更などにより球団名が大洋ホエールズ→横浜大洋ホエールズ→横浜ベイスターズと変わったのち2012年よりディー・エヌ・エー(DeNA)を親会社とする現球団名となり、現在に至る。