失敗を認める魅力!【社会を発展させた三大事故の失敗から学ぶ技術の進歩!】

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このブログは、日常に潜む魅力を発信する雑記ぶろぐです。読者の皆さんに分かりやすく伝わってしまう内容です。(笑)
 私の思いをまとめるなら『考え方を変えることで、一人ひとりの人生は絶対に豊かになる。』 この一言です。頑張って記事を書いています。
 どうか一度、ご覧くださいね!


RioMay
RioMay

失敗して悩んでいる!失敗した者が悪い!
チャレンジした結果がこれとは・・・
と、そんな皆さんに勇気を与える内容です!
実は、現在の技術の発展にはとんでもない失敗があります!
今日は、『社会を発展させた三大事故』を勉強しましょうね!



今回のテーマ

「社会を発展させた三大事故」




皆さん、今の社会を発展させたのは、過去に大きな大失敗をしたことがきっかけであることを皆さんご存じでしょうか?

人は歴史上、多くの失敗を繰り返しながら、その中で多くのことを学んできました。

社会を発展させた人の失敗体験をひとつひとつ挙げていたから、枚挙にいとまがないので、時に大きな社会の発展に影響を与えた三大事故を紹介します

社会を発展させた三大事故


タコマ橋崩落事故

アメリカのワシントン州のタコマに新たなつり橋が完成したのは、1940年のことでした。


当時のアメリカは、長引く経済不況の影響から社会資本整備や地域振興に大掛かりな予算をつぎ込むことができずにいたため、安価に長い橋をつくることができる吊り橋技術の登場に人々の期待が寄せられていたのです。

ところが・・・


タコマ橋と呼ばれるその橋は、完成からわずか四か月後、秒速19メートルの横風によってあっけなく崩落してしまいました。


吊り橋設計の最先端で活躍していたイセーエフという人が設計したこの橋が簡単に壊れたのは、横風による自励振動という、当時はまだ未知のものだった現象が直接の原因だったです。



自励振動とは、かぜがつくり出す渦によって橋げたが動かされ、さらに動かされることで新たな振動を生む共振が起こり、さらに揺れが大きくなることをいうのです。


例えば、高いポールのうえに掲揚された旗が風にあおられてハタハタと大きく動いたり、水を出している水道管がガタガタと揺れたりというさまは、自励振動の一種で、ある一定の条件がそろえば日常的に起こる現象なのですよ。

じつは、タコマ橋が大きく振動し崩壊するまさにその瞬間は、16ミリフィルムに撮影されて残っています。

その映像がこちら・・・・


とうでしたでしょうか?

この貴重なデータやその後の風洞実験解析から、当時の人類にとって未知だった吊り橋の自励振動のメカニズムが明らかにされ、その知識は現在の吊り橋技術の飛躍的進歩に結びつけられたのです。

その後もさらに研究が進められ、秒速80メートルの風にも耐えられるとされる日本の明石海峡大橋にも、タコマ橋の教訓は生かされているのですね。


コメット連続墜落事故

時代の花形として脚光を浴びた成果初のジェット旅客機、デハビランド・コメット機が路線就航したのは、1952年のこと。

それかわかずか2年後の1954年、フライトの途中で2機の飛行機が相次いで空中爆発を起こしたのです。

当時は、たいへんショッキングな出来事と受け止められていたので、ドキュメント番組などでこの事故を報じる記録映像をご覧になった方もいるかもしれませんね。

コメット機は、航空機産業界で生き残りをかけたイギリス政府の主導で、1942年から開発計画にに着手した旅客機でした。

かねてからジェット旅客機の開発研究に力を注いでいたデハビランド社が正式担当社として携わり、時速800キロメートルという高速化と低振動、低騒音などの長所を有していたことからイギリスの航空会社BOACがこれを正式採用したのです。

大事故を起こす前年の1953年は、計47機が世界の大空で活躍していました。

それから、1年後、はじめての事故は1954年1月、イタリア中部のエルバ島沖で起こったのです。

次で同じ年の4月、今度はイタリア南部のストロンボリ島沖で、墜落事故が発生。

これによりコメット機の飛行は全面停止され、ときのイギリス首相チャーチルは

「イングランドの銀行の金庫が空になっても事故原因を徹底究せよ」


と厳命、政府の威信をかけた調査が開始されたのです。

事故原因は、やはり当時まだ未知のものだった金属疲労のメカニズムにあったことが分かりました。

高空では機体の内外の圧力差が激しく、地上とは比較にならない荷重が飛行機の胴体に加わる。

デハビランド社では、この圧力差を考慮した疲労実験を実施して、一応は問題なしと判断していましたが、その途中、耐圧試験を挟んで行っていたため、機体を圧縮したことで亀裂発生が抑制され、実際の10倍以上の寿命を見積もるミスを犯してしまったのです。

針金を切断するとき、ペンチを使わずとも折り曲げることで切ることができるけど、これが金属疲労の原理です。

金属疲労には不思議な性質があり、例えば10の力を与えれば100回の動きに耐えられるものの、20の力では100回しか持たないという加える力によって大きな差が生じるのです。

機械が壊れるのは、たいていの場合、疲労破壊が原因で、そのことは当時からある程度わかっていたのです。

ところが、コメット機のケースでは、使用時の状態と異なる条件で耐久執権を行うというミスを犯したために金属疲労の寿命の計算を誤り、結果的に事故を繰り返すことになってしまったのです。


この事故から、私たちは、品質確認試験は実際の用状態にできるだけ近づけて実施する必要性を学んだのですね。

コメット機は残念ながら悲惨な事故の印象から大きく評価を落としました。

その後の航空機市場は、コメット機の失敗に学んで高空での金属疲労をいち早く知識化して航空機開発をを行ったアメリカのボーイング社に席巻されてしまったのです。

これもまた失敗から飛躍的な進歩を遂げることができたひとつの例なのですね。


リバティー船の脆性破壊

第二次世界大戦中、アメリカはリバティー船と呼ばれる約1万トン程度の輸送船を大量に製造しました。

溶接技術を騒使して効率よく造られた船の数はおよそ4700隻にのぼりますが、これらの船は就航間もなお1942年から1946年にかけて、次から次へと不可思議な破壊事故を起こしたのです。

具体的には、船体がなんらかの形で破壊されたのは、全体の四分の一に相当する約1200隻にのぼったのです。

そのうち230隻は、破壊によって沈没もしくは使用不可の状態に陥り、中には船体が前後に真っ二つになってしまうような極端なケースもありました。

事故は、北洋でしかも寒冷期に多く発生していたことが分かりました。

そこで大規模な調査・研究を行って原因を研究したところ、物理的な問題としては、溶接の欠陥、地温脆性などがあげられ、そのうち特に温度が低くなると金属そのものがもろくなる低温脆性が主原因であると判断されたのです。

また、この船は鋼板を溶接で接合したため、従来のリベット継ぎ手とは違ってきれつの進行をリベット用にあけた穴の部分で阻止することもできないことがわかったのです。


写真:リバティ船の1つ「ジョン・W・ブラウン」

私たちが「鉄でできている」と考えているもののほとんどは、じつは鉄と炭素の合金である鋼を使ってつくられているのですね。


鋼は強度に高いことで知られていますが、外部からの力を加えられた際には金属が伸び縮みすることで力を逃し、強度を保っているわけでなのです。

ところが、その伸縮性は、摂氏ゼロ度にまで温度が下がると完全に失われてしまい、この状態で大きな力を加えるとポキッリ折れてしまうようになるのです。


これを低温脆性と呼ぶのですね。

じつは、この脆性破壊の問題も、リバティー船の事故当時の人たちは未知のものだったのです。

したがって、この事故に多くに関心が寄せられ、材質や加工法などのデーマにした新たな研究が進められたんのです。

その結果、これ以降、世界の鋼を使う技術、とりわけ溶接技術は大きく進展することになったのですね。

このとき、失敗を発展に変えることができたポイントは、相次ぐ事故を目の当たりにしたとき、溶接知識が不十分なのだから溶接船は製造するべきでなかった」と単に技術を封印する方向に向かわなかったこと

失敗を真正面から受け止め、そこに秘められた発展の種を技術者たちがうまく育てたからこそ歩めた、人類にとって大きな一歩だったのですね。


失敗学のすすめ (講談社文庫) | 畑村 洋太郎 |本 | 通販 | Amazon
【参考書籍:失敗学のすすめ 著者:畑村洋太郎】 


まとめ

紹介した3つの大きな事故によって、今、当たり前と思っている吊り橋、飛行機、船などが安心、安全に利用できるのですね。


 諦めずによりよくする力は、誰にでもあるので、失敗はチャンスと考えて、前に一歩進んでくださいよ!


は理系出身ではないことから、???でしたが繰り返し勉強するうちに・・・なるほど、ネットやAIと言われる中、やっぱり最後は、
  「人の知恵と工夫が必要なんだな」
と思いました。(笑)


失敗で悩んでいるとき・・・そんなときに励みの言葉!

有名監督の名言です!詳細は・・・ 

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